夏休み

　　　　　　　　　　　　　　セピア

　　　　　　　　　　　　　　夏休み

　小学生のころ、一番楽しいのは夏休みだった。毎朝６時に起きて
のラジオ体操、ちゃんちゃーか、ちゃんっ、ちゃちゃちゃ、ちゃー
んちゃかちゃんっ、あったぁーらぁしーいっ、あっさぁがぁきぃた
ぁっ、きぃぼぉおおおーの、あっさぁーだっ、よろこぉおびぃにぃ
っ、むねをひぃぃろげぇっ・・・・・・・そぉれぇ、いっちぃにっ
いぃさんっ！　みなさーん、おはよーございまーすっ、オハヨーゴ
ザイマース、今日は、群馬県は桐生市の市民体育館からおおくりし
ます、いゃあ、いい天気ですねぇ、では、うでをおおきくまわして
かたのうんどぉーっ。　
　早く終わらせて遊びに行きたいもんで、最後の深呼吸のあたりで、
そろりそろりと前進をはじめる。２度目の、腕を前で交差させると
ころになると、もう、しょっぴかれる下手人のように小走りになっ
て、「出」のハンコをもらいに町内会のおっさんのところへわらわ
らと集まっていくのである。

　ラジオ体操がすんで、ともだちと遊びの約束なんかをしたら、と
りあえず家へ戻って朝顔の観察。つぼみがいくつ、咲いたのがいく
つ、とか、つるは左巻きだの、右に巻き変えてもまた戻ってしまっ
た、だのと書く。植木鉢にインクを入れたら色が変わったような記
憶もある。最初のころに咲いた花は、きゅぅっとなってタネみたい
のができていたりする。
　それから、おもむろにジュースなんかを飲む。がちゃがちゃと段
ボール箱に入った三ツ矢サイダーは貴重品なので、「渡辺のジュー
スの素」だ。冷蔵庫の製氷室から製氷皿を取り出す。手前の金具を
テコの原理でかたんと倒すとはがれるのだが、霜がたくさんついて
いると空振りしたりして、そんなときは大きなスプーンでこじって
はがす作業が増えたりする。無事にはがれても、ひっくり返したっ
て氷はとれない。水道の水で底をだだだだーっと流すとやっとはず
れる。油断すると手の皮がぺたっと貼りつく。はがれた氷は、まだ
仕切り板ごとひとかたまりのままだ。格子状に組み合わさった仕切
りをぎっしぎっしとゆがめて、やっと外れる。
　ガラスのコップ、なるべく大きい奴をえらんで、みずみずしいオ
レンジの絵の描いてある袋を破って粉を入れ、水を半分くらい入れ
てかかかかっとかきまぜる。そこへ氷を入れて水を上まで足して、
ささっとかき混ぜて完成である。

　クーラーなんてないので、日が高くなるとだんだん暑くなってく
る。十畳間のたたみの上には、ビニールのストローを並べたみたい
なゴザのようなものが敷いてあって、寝転んでいると足なんかがみ
ちゃっとくっつく。扇風機は、薄い水色で鉄の羽根が回る。上のポ
ッチを押すと首振り、回っている時に羽根の横から息を吹きつける
と、ヘリコプターの爆音みたくなるので喜んでやった。応用して、
ワーレーワーレーワーウチウジンダー、なんてこともやったな。
　テレビではミユキ野球教室をやっていて、巨人軍が多摩川グラン
ドで練習、川上監督が新人の王選手になんか言ってる。みーゆきみ
ゆき、ふくじはみゆき、しーんしだったらしっているぅー、ふくじ
はみゆきとしっているぅ、み、ゆ、き、みゆきてっくす、み、ゆ、
き、ふぁんしぃてっくす、みゆきぃ、みゅきぃ・・・・・・
　それが終わると、いよいよマリンコングがはじまる。オリエンタ
ル食品提供、ただのかれえと、わけがちぃがうっ、まんごだよー、
めろんだよー、あっぷるれーずんまんだりんっ、たぁいよぉのあじ
ぃ、まうすかれぇ・・・。パニオン立ちをした唇の厚いくろんぼ（
すみません、当時はこう呼んでた）のコックが、フライパンを立て
て持ってるマークは、一筆書きの問題にもなってた。

　お昼ご飯は、ソーメンとなすびのてんぷらなんてのがよくあって、
種無しスイカがはやり出していた。ぶどうは、まだ種のあるのが主
流で、種をたべちゃうと盲腸になるなんて脅かされた。当時はまだ、
ごはんは竹の皮で編んだ「おひつ」に入っていて、ふたの内側には
蒸れないように布巾が当ててあって、夕食まで残ると「おひや」な
んて呼ばれてたな。夏は、麦飯にとろろというメニューも多くて、
一粒の麦の中には神様がふたり入っている、なんて、おばーちゃん
が説教していた。コロッケがブームで、きょおもこーろっけ、あす
もこぉろっけ、こーれぇじゃぁねんがらねんじゅ、こぉろっけこぉ
ろっけ、という歌がラジオで流れていた。

　遊び終わった夕方、柳の枝が風でさらさらと揺れて、ときどき通
る軽トラックの音、頑丈な荷台のついたくろーい自転車、とーふ屋
のラッパと大相撲のてけてんてんてん、てんぷら屋からはじゅーじ
ゅーといい匂いが流れて、路地ではステテコのおっちゃんたちが将
棋を指して、放し飼いの犬がそこらじゅうでうろうろしていた。